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日本六古窯

日本六古窯とは、平安時代から鎌倉時代に始まった窯場で
信楽・瀬戸・常滑・越前・丹波・備前を呼びます。
現在も継続して焼き続けられている窯場でもあります。

六古窯以外でも同じ時代に数多くの窯場がありましたが、良質の器を効率よく生産出来なかったため、潰れています。
土師器から須恵器に変化した時代に瀬戸で初めて釉をかけた陶器が製品化されて全国各地に広まったとされています。

日本六古窯の産地

信楽焼:滋賀県甲賀市
瀬戸焼:愛知県瀬戸市
常滑焼:愛知県常滑市
越前焼:福井県丹生郡越前町
丹波立杭焼:兵庫県篠山市今田町立杭
備前焼:岡山県備前市伊部

 

信楽焼
伝統的な信楽焼の特徴は信楽特有の土味を発揮し、
温かみのある火色(緋色)の発色と自然釉によるビードロ釉と焦げの味わいが特徴で、
土と炎が織りなす芸術として“わびさび”の趣を今に伝えております。
また土も粘りがあり、柔軟で細工しやすく、使用しやすい土と言われております。
天平14年(742年)、聖武天皇の紫香楽宮造営にあたり瓦を焼いたのが発祥です。 

鎌倉時代中期から、穴窯によって本格的陶器が焼かれるようになり、
室町・桃山時代には、茶道の発展と共に、茶器の生産も盛んになりました。
江戸時代には、登り窯が登場し大物陶器が焼かれ、
水壺、ミソ壺、日用品が多く作られました。
明治時代になると神仏具などの小物も焼かれ、火鉢の生産は昭和30年頃まで主力製品として全国に供給されました。

信楽焼が花骨を製作している窯場または陶土となります。
http://kacotsu.ne.jp/kakotsu/index02.php

瀬戸焼
瀬戸物は陶磁器を指す一般名詞化しています。
現在の愛知県瀬戸市で続いて、瀬戸は六古窯において独自の焼き方や釉薬で他の窯場と一線を画してます。
鎌倉時代の製品には優美な印花文や画花文を施したものが多くあります。

常滑焼
愛知県常滑市を中心に古くから作られている焼き物で、日本六古窯の中でも昔は最大の窯場でした。
平安時代後期に壺や山茶碗、山皿などが焼かれ、この頃に作られたものは『古常滑』と呼ばれています。
常滑と知多半島の丘陵地には3000基ほど穴窯が築かれて、中世の常滑は、大きな壺や甕を得意としており日本全国に渡り使われていました。
江戸時代は真焼けの陶器が加わり、末期には土管や朱泥茶器などが作られ、明治時代には西欧の技術が渡り機械導入により陶管・焼酎瓶・煉瓦タイル・衛生陶器などの生産が始まりました。

越前焼
平安時代から福井県丹生郡越前町の主に宮崎地区(旧宮崎村)・織田地区(旧織田町)で焼かれている陶磁器です。
釉薬を使用しないで高温で焼き上げるときに薪の灰が器にうつり、溶け込む自然釉の風合いで知られています。
第二次世界大戦後に越前焼と名付けられた。製品類は甕、壷、すり鉢などの生活雑器 が多く生産されています。

丹波立杭焼
兵庫県多紀郡今田町立杭近辺で平安時代から焼き続けられている窯場です。
最高温度約1300度で50〜70時間も焼かれ器の上に降りかかった松の薪の灰が、釉薬と化合して、灰被りと呼ばれる独特な模様と色が表現されています。
また、炎の当たり方や火加減によって一品ずつ異なった作品に仕上がるのが特徴です。

備前焼
岡山県備前市周辺を産地とする陶器です。
備前市伊部地区が中心であることから伊部焼との別名も持っていて、釉薬を一切使わず酸化焔焼成によって堅く締められた赤みの強い味わいや、窯変によって一品ずつ異なった作品に仕上がるのが特徴です。
室町時代から茶道の発展とともに茶器としての人気が高まったが、江戸時代には茶道の衰退とともに人気が下がりました。

花骨と提携している陶器業者